歯を抜かない治療はあるのか
「他院で抜歯と言われたが他に方法はないか」とセカンドオピニオンをお求めになられて来院される方がいらっしゃいます。
歯科医が抜歯が適当だと判断するにはそれなりの根拠がある歯です。
・ご本人のご希望は?
・その歯は治療の限界を超えているのか?
・残した場合にどんなメリットとデメリットが考えられるのか?
・抜歯をした場合にはどんなメリットとデメリットが考えられるのか?
こうしたいくつかの項目を総合的にご説明とご相談をしながらご本人が納得され決定されることが大切だと考えています。
歯の治療の限界
現代の医学には限界があることはご存じだと思います。歯科においても同様です。
治療の限界は医学的に改善の見込みが得られない場合だけでなく、その歯だけでなく歯の周囲の歯茎や骨、隣の歯への感染などの障害が波及するのを防止するためその歯の存在自体を否定せざるを得ない場合にも発生します。
身体全体、お口全体の視点から大勢を助けるためにやむを得ずその歯の犠牲を払う行為です。
歯を抜くメリット
治療の限界を超えた歯や、後で述べるデメリットを避ける場合、歯を抜くという選択肢もありえます。
そうした歯の抜歯をするメリットは感染の拡大を止める、他の歯への悪影響を阻止する、食生活や日常生活上の不便を解消するなどがあります。
歯を失った後の機能的・審美的回復は別途いくつかの方法の中から選択頂くことになります。
歯を抜かないことのデメリットはあるのでしょうか?
医学的に歯を残せる可能性がありその歯に何らかの貢献が期待できる場合は、迷わずに残すための治療をするべきで、デメリットはなくメリットしかありません。
では治療により残せる可能性がわずかでもあった時、どのような場合にデメリットが発生するのでしょうか。
どこまで回復できるか?
治療により食生活や身体に支障がないレベルに達することが予想できる場合は歯の治療の可能性に賭けてみることは有意義なことです。
しかし治療により抜歯を免れたとしても、食事や日常生活に痛みや障害が残るようでは生活の質として疑問が残ります。通常の歯としての能力が回復できない場合です。
ひとたび物を噛んだらグラついたり、異和感や痛みがある、これでは歯本来の仕事はできません。
その歯を避けて反対側で噛めば、そちら側の歯にいつも負担をかけて反対側の歯に今度は不調が起こります。それが長期化すれば歯並びや噛み合わせがズレたり、姿勢まで歪んでくることがあります。
これではその歯自身の仕事をできないばかりか、1本の歯が他の歯の問題を引き起こすことになるためその歯の存在意義が疑われ、歯を残すことができた満足感とどちらが大きいかの問題になります。
本来の歯としての機能が果たせるか?
歯には噛んで咀嚼することやかみ合わせや姿勢の維持などの本来の仕事があります。この本来の仕事ができるように回復することが治療の目的です。
お口の中の他の歯や身体に負担をかけず噛める歯に回復する可能性があれば、歯を残すデメリットはないように思えることでしょう。
大勢においてはその通りですが、抜歯が検討されるような歯は相当傷んでいる歯です。治療したとしても元通りに回復することは無理なため弱い歯には間違いありません。
こうした歯に将来起こりうる事態も検討する必要があります。弱い歯であるため、十分な噛む力やストレスに耐えきれず歯が割れる、感染を起こすなど短命であるリスクを抱えています。
それでもいいからダメになるまで残したいとお考えになることに私は決して反対ではありません。それでもいいと思います。
次の一手を考える大切さ
ここで私がいいたいのは、もしその歯がダメになった時に次の一手が打てるのかということです。
人生は長く、歯がダメになった後にすごく不自由で不満のある生活では困ります。
今だけのことでなく、将来も計算に入れてその歯の処遇を今考えなければならないと思うのです。
歯を存続させ続けた結果、歯の周囲の骨が異常に痩せて次の治療の選択肢が限定されたケースも多々あります。
選択肢によっては歯を失くす前の生活には遠く及ばないこともありえます。
この将来も含めて次の一手の制約がでないかを今考える必要があると思えるのです。
抜歯といわれた歯でも残せる可能性があります
抜歯するしかないと言われ、当惑してお越しになられる方が時折いらっしゃいます。
医療界全体の共通基準としてダメージ度を数値で表せるものがないため、抜歯基準はおおよその医学的基準や担当医の経験則などで判断されています。
そのため白黒はっきりしているものはどの医療機関でも判断は同じですが、その境界線のグレーの部分において判断が分かれることがあります。
当院では抜歯しないで残すメリットとデメリットを精査し、患者さまがご希望になりメリットが優位の場合は可能な限り残す方向の治療を試みています。
無傷の立派な歯に蘇る訳ではありませんが、延命ができると考えて長年治療を行ってきました。
その経験からそんな弱々しい歯でも意外と持つものです。ただし抜かないという感情面だけに固執して他の歯の寿命を短くする場合は、ご説明して抜歯をお勧めしています。
「木を見て森を見ず」にならないように全体を見て、また将来を見てその1本の歯を考える必要があると思っています。
セカンドオピニオンで来院されたケースで一部の歯が今も現役でいてくれています。
こちらはすっかり忘れていても、何年もして患者さまから「あの時はありがとうございました」と感謝されることもあります。
それだけご本人にとっては大切な1本であることを私たち医療従事者は忘れてはならないと感じます。
現代の歯科医療で天然の歯を超えるものを作り出せていない以上、その歯の生命の灯火が消えるまでこだわりたいと考えています。
その歯が一生もたなかったとしても当分の間おいしく食事をすることができ、その歯の天寿をまっとうさせてあげられれば歯は本望だと思います。
当院の抜歯基準をご紹介します
歯はできるだけ抜かないで残すべきだと私は考えています。
そう思って毎日診療していても治療限界を超えてしまった、または治療しても噛む仕事をこなす余力が残っていない歯は、当院でも逆に抜歯をお薦めすることもあります。
それは残念ながら医学にも限界があることと、残せた時のメリットとデメリットを秤にかけて圧倒的に強いデメリットがあったり、勘案してデメリットの方が多い場合です。
逆にメリットが多ければリスクをご説明して残すことをお勧めすることになります。
またどうしても歯を残したいというご要望が強ければ、デメリットがあってもご希望を優先することもあります。
要は医学的にどうであれ、十分なご相談と今と将来のリスクを承知の上でのご本人の満足の問題だと考えています。根気よくやれば、意外とボロボロの歯でも結構歯は残すことができるものです。
歯を抜かざるを得ないケースについて
当院ではご両親からもらった歯が一番であり、可能な限り歯を抜かない方針を取っていますが、現代医学の限界を超えた歯に関しては抜歯をお勧めする場合があります。
これから先も続く人生と食生活を考えると、無理をして抜かないで残した場合のデメリットが存在するからです。
これ以上の被害の拡大も阻止しなくてはなりません。
被害を最小限にとどめ、残った歯の寿命を犠牲にすることなく将来も快適な食生活を維持するために抜歯しか方法がない場合です。
当院で抜歯をお勧めするケースは次のような状況です。
1)虫歯が進行して歯の根まで侵され歯の固い部分が残っていない場合
2)根の先が化膿していて、神経の管からの治療では治らない場合
3)重度の歯周病で、歯を支えている骨が大きく吸収されて歯がぐらぐらの場合
4)親知らずや、変な位置に生えてきた歯に何らかの支障が起こった場合
5)外傷などによって歯の根が折れたりヒビが入ってしまった場合などです。
歯の根っこのヒビ割れ
「歯肉が腫れる」とお見えになられた患者さんのお話しです。
来院当日に症状と歯周病の検査やレントゲン検査から、歯の根っこが割れていることを疑いました。
確認のため歯肉切開をしたところ、根の先にまで大きく割れ周囲の骨の一部がすでに溶けてなくなっていました。歯茎が腫れる原因はヒビ割れによる感染でした。
割れた歯はすでに神経がなく、強度が落ちた歯であったため、噛む力に耐え切れなかったようです。
この状態では抜歯せざるを得ませんので、その後のご相談をしてインプラントでの回復をご希望になられました。
しかしひび割れからの感染で骨の損失が大きくなくなるとインプラント自体もできないケースがあります。同じように神経のない歯が割れるケースは後を絶ちません。
歯を抜かれた
初めて当院にお越しになられた患者さんから「前の歯医者で歯を抜かれた」というお話しを時々耳にします。
どうしようもない歯を抜歯したのであれば本来は「歯を抜いてもらった」になるはずで、「抜かれた」はご本人がその抜歯に納得されていないために起きる感情です。
その歯が抜歯せざるを得ない歯だったのか否かは後から判断することはできませんが、そこに本当のその歯の状況や、今だけでなく将来も見据えた抜歯せずに残すメリットとデメリットなどの説明不足を感じます。
少しでも残せる可能性があり、残すメリットがデメリットより大きい場合は時間をかけてでもチャレンジするべきですが、そこにはお互いの十分なコミュニケーションが必要だと毎日の臨床で感じています。